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中二病になりきれないで――『トカゲの王』

既刊を読むのが後回しになっていたので感想を書くどころでなかったライトノベルも、新刊発売を機としまして。
またしても入間人間氏の作品です。

トカゲの王 1 (電撃文庫 い 9-22)トカゲの王 1 (電撃文庫 い 9-22)
(2011/07/08)
入間 人間

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本作は「能力バトル小説」と(一応)自称していて、実際そうとも言えます。
しかし、主人公・五十川石竜子(いかがわ とかげ)の能力はと言うと、瞳の色を変えられるだけです。
他の能力者も「相手に右を向かせる能力」等というショボいものがいます(しかしこの能力、殺し屋としては便利ですし、何より「視認できる対象を切断する」という業界最強と名高い能力者に対し強い相性を持つものでもあります)、その中でも最弱でしょう。ハッタリ以外には役に立ちません。
が、設定そのものよりも問題になるのはそれを使っての展開でして、最初の内は石竜子がこの「最弱」の能力を上手く活かして活躍するといった展開にすら至りません。

この作品にはかなりの数の殺し屋が登場します。もちろん、超能力者であっても相手を直接殺害できるような能力は稀ですし、非能力者も多いので、主に行われるのはナイフや拳銃を使った現実的な(?)殺しです。
妙な能力を持ってしまったがゆえに「俺は最強の能力者だ」「王様だ」等と言っていた中学生の石竜子は、ある夜の廃工場で、本当に存在した「超能力者たちの戦い」に巻き込まれてしまいますが、もちろんそれは漫画やアニメで描かれていたように華々しく、口上を垂れたりする世界では当然なく……
そんなわけで、「能力バトル」をある種“現実的に”描かんとしているような感がありましたが、それは(やはりと言うべきか)荒唐無稽なバトルに比べて華がなく、魅せ所が弱いのを見せてしまった印象でもあります。

(……)屈んで本の表紙を覗き込むと、見慣れたイラストが目に飛び込んでくる。膝を伸ばしてから大げさに肩をすくめ、鼻で笑った。
「今更禁書とは。随分と遅いな」
「いやマジ面白いよ」
「お前に言われるまでもなく、そんなことは知っている」
 (入間人間『トカゲの王I ―SDC、覚醒―』、角川書店、2011、pp.18-19)


こんな風にさりげなく禁書(=『とある魔術の禁書目録』)の名前を出すものだから、なおさらそのアンチテーゼを標榜した感が見えますが、しかしアンチテーゼたりうる面白さを見せたかと言うと……
1巻の最後では一応、石竜子は「最強」の能力者に勝ちますが、結局戦法は自己暗示で痛みを乗り越えて殴るだけですし、みーくん(『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』)と変わりありません。
ショボい超能力と言えば、『パンツブレイカー』にも「球体しか動かせない念力」、「平手打ち程度の力で叩くことしかできない念力」等が登場しましたが、それらの能力の成り立ちや活用法というSF的な興味を追求してくれたのに比べると、『トカゲの王』はその点でもやはり弱いですね。
ついでに言うと、1巻は時系列の並び替えによる叙述トリックが仕込まれていましたが(作者はこの手のトリックが好きですね)、「真相が分かると物語の見取り図と印象が劇的に変わる」というインパクトに関しては今ひとつでした。この数ヵ月後に『昨日は彼女も恋してた』『明日も彼女は恋をする』が刊行されただけになおさら。

……と、随分とネガティブな記述が続きましたが、2巻からはかなり面白くなったように思われます。

トカゲの王 2―復讐のパーソナリティ (上) (電撃文庫 い)トカゲの王 2―復讐のパーソナリティ (上) (電撃文庫 い)
(2012/01/07)
入間 人間

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トカゲの王 3 (電撃文庫 い 9-24)トカゲの王 3 (電撃文庫 い 9-24)
(2012/06/08)
入間 人間

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1巻から巻数が表記されていただけでなく、さらにサブタイトルがあって2巻と3巻は「復讐のパーソナリティ」の〈上〉〈下〉となっており、完全な続き物です。しかも1巻の目次は

プロローグ1 『トカゲと鴨のゲシュタルト』
プロローグ2 『もし中学生が目の色を変えられたら』
プロローグ3 『きみの瞳にかんぱい』
プロローグ4 『うらかたさんのめっせーじ』
ひょうし 『とかげのおうさま』


で、どうやらここまでがプロローグでした。いいのかこんな悠長な始まり方で。
2巻以降の章タイトルは「1ぺーじ」「2ぺーじ」と番号が振られていて、タイトルが平仮名ばかりであることと合わせると、絵本をイメージしているようですね。

それはそうと内容ですが、まずこの世界では「シラサギ」と名乗る、背中から光の翼を生やせる少女(当然、これも超能力)が率いるカルト宗教がかなりの力を持っていて、石竜子の両親もそれに嵌まって不在がちです。
「世界を塗り替える」等と吹聴している石竜子の目的も、実はその教団を潰すことです。
しかし石竜子の能力は戦いには向いていませんし、直接戦いを挑むのではなく、自らもシラサギに匹敵する権威を手に入れ、教祖としてのシラサギを失墜させることを目指すことになります。
ようやく、ハッタリで戦う主人公らしくなってきました。もっとも中学生がそんなことに手を付けようとしてもできることはそうそうなく、思わぬことに巻き込まれて攫われたりと、受動的な関わりがしばらく続きますが、そんな中で他人の助けまで計算しつつあれこれ画策していく姿はある種の成長を感じさせます。
3巻の最終章「12ぺーじ うそつきはおうさまのはじまり」において、(最強クラスの能力者たちの助力によるプロデュースではあるものの)大衆の前に鮮烈なデビューを飾る場面はさすがに魅せるものでした(考えてみれば、3巻かけてようやくデビューですが)。

ところで、本作の文章は以下のようなアイコンでパートが区切られています。

トカゲの王 アイコン

アイコンは3種類で、上のトカゲはもちろん「石竜子」パート。後の2つはそれぞれヒロインの巣鴨涼(すがも りょう)パートと、女殺し屋の「ナメクジ」パートです。

巣鴨はトカゲと同じ中学に通う少女ですが(1巻表紙の左)、金持ちのお嬢様で言動や外見はほわほわした印象であるものの、殺し屋を雇ってトカゲを酷い目に遭わせ、何の良心の呵責もないような狂気のヒロインです。

「ナメクジ」は「ヘビ」「カエル」とチームを組んでいたためにこの通り名で呼ばれた殺し屋(非能力者、2巻表紙の右)ですが、1巻の事件で仲間2人を失った上、巣鴨によって右腕を奪われ、復讐を誓って生きることになります。ちなみに本名は米原麻衣で、生活のためアルバイトとして務めることになったたこ焼き屋の屋台では「マイマイ」と呼ばれることになったりします(ナメジクからカタツムリ…)。
3つのパートの一つを占めていることからも分かるように、(特に2巻以降は)ほとんど第二の主人公と言ってもいい扱いで、その仕事からアグレッシブに活躍していることもあって(隻腕でバランスが崩れるのを利用して逆に強くなっていたり…)むしろトカゲより主人公らしいですね。しかも隻腕の復讐者という凄絶な設定に加え、(イラストの影響か)「可愛い」と言われるようになったりで、すっかり魅力的な女主人公となっています。
ただし彼女も、巣鴨を見ると暴走して無差別殺人鬼と化したり、逆に「巣鴨のようにならない」という意志から余計な人間まで守ることを決意して、ターゲットだった相手に雇われてしまったりと、著しく精神の均衡を欠いてはいますが…

とにかく、トカゲとは独立に彼女が動いていることで、物語は複雑な群像劇の様相を呈しており、それが興味を惹いてやまないところでもあります。
『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』や初期の『電波女と青春男』のような一人称語りの濃さと、それによる独特の心理描写は、最近の入間氏の文章では薄れている感があって、特に本作では一人称は3分の1(石竜子パートのみ)で、他のパートでは視点人物すら固定されていないことがあって、なおさらその印象が強いのですが、その分群像劇ではさらなる境地を開拓中のようで、楽しみです。
その上で狂気にも事欠かず。

気になったのはあとがき。

『せっかくカリスマ編集者がついているわけだし、そろそろ俺も能力バトル小説で一発当てよう、ぐへへ』みたいな考えがあったりなかったりな本作のテーマは中学生です。各所に『あぁ、中学生だなぁ』というものを感じていただけたなら、本書を書いた甲斐があったなぁと嬉しくなります。まあ、テーマなんて今考えたんだけど。この作品も基本的に今まで同様、ラブコメです。
 (『トカゲの王I ―SDC、覚醒―』、p.280)


この「中学生」というのがスラングで言ういわゆる「中二病」的なものを差すのなら、そうなっているかどうかははなはだ疑問です。
確かに石竜子はSDC(本名の英訳「ストーンドラゴンチルドレン」のイニシャル。複数形なのは語感)を名乗ったり、「俺は最強だ」と言ったりしていますが、しかし彼は1巻であまりにも早く「現実の厳しさ」を味わってしまいます。
自分の非力さを自覚し、ハッタリとして計算して「中二病」的言動を取るのは大人の業です。むしろ彼は物語を通して酷い目に遭い続ける中で、そのように「大人になる」ことを余儀なくされます。

そもそも、入間氏の作品は初期からずっと、自分が世界の等価の特別な存在であるかのように主張しようとしても、どこかそうなりきれない様をシニカルに描いてきたのではないか、と思われます。ならばおそらく、今回もそう変わるところはなく(この点は現在資料が足りませんが、いずれまた探求します)。
そう思うと、石竜子が中学2年生でなくて3年生なのも偶然とは思えなくなってきます。

ちなみに2巻のあとがきは

 二人の傷ついた者がいた。一人は右目を失い、またもう一人は右腕を失って。
 一人は残る目で未来を見た。一人は残る腕を過去へ伸ばす。
 これは超能力を巡り、数奇な運命を辿る二人の主人公の物語である。
 ……みたいな感じでどうだろう。なにが?
 (入間人間『トカゲの王II ―復讐のパーソナリティ〈上〉―』、角川書店、2012、p.276)


冗談めかしていますがこちらなら同意したい。予想外にナメクジが主人公であったという点も含めて。
さらに3巻では、1巻で言った「ラブコメ」を否定し始めています。まあこれも事実でしょうね。

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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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