オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
超越者に縋る子供時代の終わり――『ささみさん@がんばらない8』
専門用語やスラングに関しては「」で括ってそれが特殊な用語であることを強調したり、必要とあらば説明したりしているのもそのためです。
その分、「根本から説明できる」ほどに考えていないことについては、語りにくくなりますが。
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そんなこんなでライトノベル新刊です。アニメ化も決定している『ささみさん@がんばらない』8巻です。アニメの詳細については続報をなかなか聞きませんが、今巻の帯によれば「TBS、BS-TBSにて放送予定」とのこと。
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破天荒が売りの日日日氏の作品、しかも世界のありようを変えられる『ハルヒ』的な「改変」という設定のお陰で超展開には事欠かない『ささみさん』、今回も冒頭でいきなり鎖々美に妹ができているという飛ばしぶりです(しかも、新生児ではなくある程度成長した姿で)。
ただ、本筋の方はシリアスな長編展開が続いています。前巻で「ラスボス」が姿を見せ、今回は決戦ムードが高まっていて、妹の登場もそれと関係があるわけで……
他方で、「今度の神々は『宇宙人』!?」とあらすじにもありますが、はて、前巻のクトゥルー神話の神々も宇宙から来た存在であったような……ある意味では新興の「神話」という点も共通していますしね。
ただ今回は小説ではなく、「科学神話」がポイントのようです。
「飛行機は理論上、飛ぶわけがないとずっと思われていた――でも実際、なぜか飛ぶ。そして便利だから、人類はそれをわけのわからないまま用いていました。それは便利な道具として『神々』を、宗教をときに利用しているのと同じ構図です」
(日日日『ささみさん@がんばらない8』、小学館、2012、p.107)
「ですが、この科学全盛の現代――人々は、神は信じなくても科学は信じる。(……)」
(……)
「あらゆる宗教が権威を失った現代で、誰もが信じ、疑わない、科学を宗教と捉えるならば――これまで相対したなかで最強の、全世界規模の、恐るべき神話といえるでしょう」
(同書、p.109)
とは言うものの、今回登場するのは「宇宙人」――それも定番のグレイ型宇宙人やらアダムスキー型や葉巻型のUFOやらです。
それら自体が「科学的」というわけではないのであって、いわゆる科学信仰と宇宙人神話を重ね合わせてしまうのは誤解を招く表現でもあります。宇宙人神話というのは――
「まぁともあれ、宇宙人というのは古来は宗教が担っていたものの考えかたのアレンジなんですよね――宇宙という異世界から、この地上に光臨する、絶対者。人類よりもはるかに偉大な実力をもつ、超越者。それは古来、神と呼ばれたものとおんなじです」
(……)
「何もかもが神話と同じです。宇宙人によって地球が侵略され滅ぶ、という終末のシナリオは――ラグナロク、黙示録、あらゆる終末神話と同質の一形態でしょう。宇宙人の誘拐(アブダクション)は『神隠し』で、宇宙人によって異星へと導かれ不可思議な景色のなかを旅するというよくある体験談は、臨死体験ですね」
こうして並べてみると、ほんとうに――似てるというより、同じだ。
「宇宙人の故郷はたいてい何不自由ない理想郷で、それはまさに天国です。宇宙人はテレパシーで予言や特別な科学を伝授してくれる、これは予言や託宣です。宇宙人と特別に交流できるチャネラーやコンタクティと呼ばれる人々は、これはもう巫女ですね」
(同書、pp.110-111)
実のところ、この直後に名前の出てくるジョージ・アダムスキーのような人の語る「宇宙人」の話はおよそ「科学的」からは程遠いものであって、こうした「神話」を安易に信じる姿勢こそが「科学的精神」の欠如なのだと科学関係者ならば言うでしょう。そのこともまた明言されています。
「ほんとうに他の惑星に高度な科学技術をもつ宇宙人がいて、それが地球人に興味をもって干渉してきている――なんて可能性、それこそ科学をちょっと齧っていればまずありえないと理解できるのに」
(同書、p.112)
しかし「神」に「宇宙から来た高度な知的生命」と言い換えるような疑似科学の衣を被せると信じてしまう人たちがいるらしいこと、そしてそれはある意味で(それ自体は科学的でない)科学信仰に立脚していることがポイントなのでしょう。
ただ……ここでは現実的な話をしていますが、本作の場合、2巻辺りで堂々と宇宙人が登場して、邪神三姉妹の三女・たまが友達になったりしていたような……
……と思っていたら、それも忘れられていたわけではないようで、そのことがエピローグにも繋がってきます。
とかく、上記の話にも見られますが、終盤に「宇宙人」が新たな「神々」として旧来の「神々」に「権限の譲渡」を要求する辺りはいっそう、本作の「がんばらない」というテーマと合わせて、「神(々)」に縋りたがる人間の心理を強く問います。
「あなたたちは、これ以上――がんばらなくてもいい。わたしたちに任せて、甘えてくれてもいいのです。わたしたちは、そのために生まれたのですから」
その誘惑は、甘美だ。
いつだって、わたしだけじゃなく――誰だって、怠けたい。
おおいなる存在に、できるひとに任せて、楽をしていたいのだ。
宇宙人という存在を夢想するのは、どこかに強大な――わたしたちよりもずっと優れた超越者がいるはずだっていう妄想、願いだ。
万物の頂点、霊長類としての責務に耐えかねて、その責任に押しつぶされて現実逃避を抱いた――あまねく人びとの無自覚な祈りだ。
我々がもし失敗しても、宇宙人がいるなら、この世界を――宇宙を、立て直してくれるかもしれない。
困ったことがあったら、彼らが介入し、何とかしてくれるかもしれない。
幼年期の子供が、親に甘えるみたいな、でもそれは責任逃れだ。
怠慢なのだ。
(同書、pp.312-313)
ところで、ここに見られる「幼年期」というフレーズは、クライマックス部の
さぁ、終わりにしよう。
怠けて、さぼってばかりだった、わたしの幼年期を。
(同書、p.346)
という箇所と合わせて、やはりアーサー・C・クラーク『幼年期の終わり』をイメージしているのでしょう。
このような次第で、鎖々美はかつてないほどに、「がんばらない」とも言っていられない責任重大な状況に踏み出すことになります。今までも何かとハードな状況が続いていましたが、今度ばかりは最後に「もう、がんばらない」と言って締めくくれない気配です。母・呪々(じゅじゅ)との想い出がカラー口絵を飾り(例によって本編とは別物)、その母との(2度目の)別れが予告されるのもそのことと関わっているのでしょう。
そんな転換をはっきりと示すように、今回は大変珍しいことに(!)、鎖々美が主人公らしく戦って決めます。
位牌を変身アイテムにして「護法少女」に変身するというネタがまだ続いていたのにも驚きましたが、今回はさらに皆の力を借りてパワーアップし――
言葉どおりにわたしの身体をぴったりと装甲板がジグソーパズルのようにつながりながら覆っていき、わたしは全身鎧のような状態になる。
ロボットでいうより、パワードスーツ、というかこれは――。
「へ、変身ヒーローみたいなんだけど」
今回は魔法少女というより仮面ライダーのようであった。
あるいは宇宙刑事か。
(同書、pp.338-339)
やっぱりヒロインが変身するなら顔が見えて衣装としても可愛いのが定番ですが、ニャル子のフルフォースフォーム(画像はこの記事を参照)もアニメ化された後ならばアリのような気もしてきます(むしろ、前巻で『ニャル子さん』ネタがあったことを思い返して深読みするなら、呼応しているというべきでしょうか)。むしろイラストにないのが惜しいくらい。まあいずれにせよ、本作でアニメ化されるのは3巻くらいまでの内容でしょうが。
とまあ、シリアスであってもネタも相変わらずです。
そしてもう一つ、「ラスボス」の出現に対し、世界の「神々」も対抗策は練ってきます。
だが兵器としてのみ生まれてくる子供のことはどうなるのか、といった問題も定番のネタではありますが、しかし事は「感情論」と「非情だが合理的な策」の対立のみに関わるわけではありません。
「でも、何だか釈然としないんですよね――きれいに嵌りすぎてるというか、何だかこちらがそういうふうに考えるように誘導されてるみたい、っていうか。わたしは首領の底知れない悪意を知っています。あの抜け目ないひとが、そのような誰でも考えつくような対抗策をほんとうに想定していないでしょうか? 何だか、らしくないというか――すみません、合理的とか言っておいて、わたしも何となくで喋ってますね」
慎重に、言葉を選んで。
「ほんとうに、他に方法はないんでしょうか――みんなが幸せになれる未来、なんてのは理想論だってわかってますけど。たしかに対抗兵器は一発逆転を可能とする最善手かもしれません。でも優秀な賭博師は、そう相手に思いこませるところまで含めて戦略として利用します。勝機だと思って踏み込んだら、罠に噛み付かれてカブリ――なんて、笑えませんよ。そして、首領はそういうことを何よりも得意とした、極悪人です」
(同書、p.200)
前巻で暴れて滅び去った「首領」は、目的のためなら妻も子も道具としか考えない、気持ちいいくらいに混じりけなしの外道でした。
そんな相手に抗するために自分も悪を選ぶ、清濁併せ呑むのだ毒を以て毒を制すのだと言えば聞こえはいいけれど、実はそれこそが、もっとも外道の思う壺、ということもあるのかも知れません。
エピローグでは、その逆が勝機となる可能性を匂わせつつ、引きとなっていました。
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