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(無)知は性に勝利したか――『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』

ライトノベル新刊、今度はあえて触れにくそうな一本を取り上げます。
なぜ触れにくいのかは表紙を一見すれば分かります。

下ネタという概念が存在しない退屈な世界 (ガガガ文庫)下ネタという概念が存在しない退屈な世界 (ガガガ文庫)
(2012/07/18)
赤城 大空

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あまりにも堂々とした全裸。
むしろ「これだけ堂々としていればいやらしくないだろう」と主張せんばかりです。
ちなみに帯が付いていると肝心なところにある余計な一言のせいでさらに手を出しにくくなります。

下ネタ 表紙

携帯型情報端末(名称は《PEACE MAKER》、通称PM。これによる管理社会のモチーフは『ルー=ガルー』をも連想させますが…)により個人の発言まで監視可能になって16年、下ネタ――というか一切の性的な事柄は口に出されることもなく、「存在しないことになっている」社会が舞台です。
冒頭は主人公が高校を受験するシーンから始まりますが、その一般教養科目には「“夢精”“生理”“赤ん坊の作り方”について、それぞれ説明しなさい」(p.12)等という問題が。そして主人公…

 ……ホント、どうしよう。教科書に載せられた内容を書くべきか、真実を書くべきか。
 頭を動かさず周囲の気配を探ってみれば、誰もが一切の動揺なく筆を走らせている。止まっているのは僕だけだ。きっと誰もが、教科書どおりの説明を書いているのだろう。
 教科書どおりに答えるなら、たとえば“夢精=思春期へ入るにつれ尿の生成がうまくいかなくなり、老廃物が濃縮されて不随意的に排出される生理現象”とか書けばいいんだけど……風紀優良度最上位校である時岡学園の入学試験の内容としてはあまりにも予想外の設問に過度の緊張が加わり、なにか裏はないか、使用する単語に注意しながら真実を書くことが正解なのではないか、などと思考が堂々巡りを開始する。だって僕は、教科書にない答えを知っているのだ。
 (赤城大空『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』、小学館、2012、pp.12-13)


かくも性知識が根絶されている世界観と、そこにおける主人公のスタンスは早速よく分かるかと思います。

性的な言葉を口にするだけで犯罪となるこの世界で、あえて性表現を連呼し風紀を擾乱する「下ネタテロリスト」(現実のスラングを用いた「ペロリスト」という通称がある設定ですが、作中でも以外に使われないので、「下ネタ~」の方が分かりやすいでしょう)という連中がいて、実は主人公・奥間狸吉(おくま たぬきち)の父親も大物の下ネタテロリスト(現在服役中)です。その父親から性知識を与えられてはいるものの、現在時岡高校の生徒会長を務める「アンナ先輩」ことアンナ・錦ノ宮に憧れて健全な人間を目指すようになった狸吉は、風紀優良度最上位校である時岡高校に見事合格、しかもアンナのいる生徒会にもスカウトされます。ところが同時に、下ネタテロリスト「雪原の青」脅されて下ネタテロに加担することに……

この世界がディストピアであり、下ネタテロがそれに対する抵抗であることはほぼ確実なこととして認めても良いでしょう。
ディストピア文学という観点からするならば、本作のイメージはある意味では平凡です。何より、そのディストピア性が分かりやすく、しかも抑圧を行う「敵」が一人の人物に具体化されている点がそうです。性表現規制という問題は時事ネタとも言えるだけになおさらです。
問いを深めるならば、そもそもそうした「抑圧する者」と「抵抗する者」の善悪二項対立がそう簡単に成立するのかという問題が出てくるでしょうが、そこは問われません。

しかしその上で、なおも優れたイメージとなりうる本作の特徴を見ていきましょう。

その前にまず、本作のストーリーをある意味でよく表した口絵でも見ておきましょうか。

下ネタ カラー口絵
 (同書、カラー口絵)

ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》……
実はこの口絵が多少のネタバレも含んでいますが、中央で旗を持っている華城綾女(かじょう あやめ)が本文前の登場人物紹介で「生徒会副会長。正しい知識を持つ女」とあるところからしても、あまり隠す気はないのでしょう。
普段は三つ編みに眼鏡、髪を解いて眼鏡を外すと下ネタ好きの本性を現す彼女、下ネタテロリスト「雪原の青」として活動する時はこんな姿です。

雪原の青
(同書、p.23)

懐かしの漫画『変態仮面』……

内容に戻りますと、都市により学校によりで性知識の根絶の成功度合いには差があるようですが、最優良校の時岡高校ともなると、そもそも生徒たちは「なぜ大人たちはそれに顔を赤らめるのか」を理解しません。取り締まりを行うはずのアンナも……

「お恥ずかしい話、わたくしたち生徒会の役員はヒワイというものがなんなのか理解できていないのです。わたくしなど、下半身用女性用下着を頭にかぶった《雪原の青》とすれ違ってもそれがヒワイだと気づかなかったくらいですので……対策が後手後手になってしまうのです」
 え? もしかしアンナ会長ってバ……いやいや、それほどまでに清らかな心をしているということなんだろう、これは。
 (同書、p.51)


性知識を持ち、その点では読者に近い視点の主人公・狸吉にとって、時岡高校への入学はまずは『ガリヴァー旅行記』のような未知の世界への冒険です。ところがそれでいて、狸吉は積極的にその世界の一員になりたがっている人物でもあり、にもかかわらず「嫌々ながら、脅迫されて」抵抗する側に加担させられてしまうのです。
下ネタテロの意義もすぐさま説明されるわけではありませんが、しかし大成功した時のカタルシスは大きく……

「……僕は……僕はこんなの、絶対に認めないからな!」
「えーと……」
 華城先輩はパフェをもぐもぐとやりながら十数秒黙ったあと、
「……それはつまり、悔しいけど感じちゃうビクンビクン、ってやつ?」
「っ!? ち、違う!」
 例えが的確すぎて、むしろ自分自身に引いた。……いや、けど、絶対に認めない!
 僕はなにがなんでも、アンナ先輩みたいに健全な人間になるんだからな!
 (同書、p.114)


まず世界観へ、ついで抵抗する人間の立場へと視点を導くよう、それなりに練られています。

そしてタイトルに反してというべきか、タイトルから予想される通りと言いますか、作中では下ネタが連呼されますが、初っ端から「お●んぽおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」(同書、p.24)と叫ぶとか小学生か……いや、たとえウィットがあろうと下ネタである時点でくだらないのでしょう。

「じゃ、もう一度聞くわよ? 私と一緒に下ネタテロ組織《SOX》を立ち上げる気は?」
「0だっつーの」
「えー、なにが気に食わないのよ。組織名? 組織名なの?」
「いまさらそんなとこに論点をもってくるか!?」
「しっかり考えてあるのよ、この組織名。ほら、Oが伏せ字みたいで卑猥でしょう?」
「ああそうですね!」
 と、華城先輩がケータイ電話を操作する。
「そんでもってSOXっていうのは、“セックスの回数が一番多い日はXマス”って文章の略なの! 街にはカップルが溢れ、女の股間には子種が溢れる……Xマスは合法的に卑猥な行為が奨励されていた過去の祭日なのよ!」
「いくらなんでもそろそろつっこみきれなくなってきたわ!」
「あ、いま思いついた。ホワイトクリスマスってあるじゃない! あれって、地球という巨大な卵子に、雪という精子が降り注いでるわけよね! ミクロの視点で人間が受精しまくっている間に地球まで受精まがいのことをしてるなんて、宇宙の神秘ね」
「死ね!」
 (同書、p.68-69)


しかし、こうした彼女の発言はまさにただの趣味であって、ほとんど通常の意味での性的な含意を見て取ることはできません。だからこそ「エロ」ではなく「下ネタ」なのです。
これは多くに当て嵌まることで、たとえば狸吉のクラスメイト・不破氷菓(ふわ ひょうか)は目の下のクマが強烈なマッドサイエンティスト系少女(↓)ですが、会って早々に狸吉に「赤ん坊の作り方」を、その「秘密」を聞いてきます。

不破氷菓
 (カラー口絵左下)

 秘密もなにも、ずっこんばっこんすれば生まれ……って、おい、マジか。
 時岡学園の生徒は、性に関してここまで無知なのか?
「つい一年前までは妊娠の原因について足がかりがまったくなく、駅前の産婦人科に通いつめては妊婦の方に“何をすれば妊娠するのですか?”と取材し続ける日々だったのですが、いまのあなたと同じ回答しか返ってきませんでした。ついには出入り禁止となり、一時は退学寸前まで追い詰められました。けれど私はその過程で考えました。やはり妊娠には、国がPMなどという多額の投資を行ってでも隠したい、重大な秘密が隠されていると」
 誰か助けて、この子おかしいよ。
 (……)
 誰かこの頭おかしい子を止めてくれと周囲に首を巡らせてみるが、
「……」
 誰もかれも期待するようにギラギラした視線を遠慮がちに向けてくるだけで、微動だにしない。
 助けてくれるどころか、僕が妊娠について語るのを待ち望んでいるようでさえある。
 なんだこの状況!? ここは天下の風紀最優良校、時岡学園じゃないのか!?
 (同書、pp.40-42)


抑圧の最も成功した地において、性に対する興味が異常な燃え上がり方をしているということ――しかし、ここまではまだ普通です。現実にも、抑圧すればそれだけ反発も強まり、隠すことによっていやらしくなるのはよく知られています。

が、常識的に考えてみましょう。性表現を抑圧したところで、あの手この手で裏で裏をかいて、やはり性情報は出回るでしょう。本当に少年少女が「性に関してここまで無知」になるとは思えません。
しかし時岡学園ではそれが成功し、生徒たちが規制をすり抜けて猥談をしてもデマばかりという状況です。
実際にこれ以上ないほど「性の隠蔽」が成功してしまい、しかもその結果として、抑圧の中心地でこそ、通常の性的興奮とはかけ離れた情念をもって性への興味が掻き立てられている――本作が提供するもっとも驚くべきイメージはこの二重の転倒です。

それゆえ、下ネタテロの目的は「性知識の流布」、すなわち啓蒙です。
なぜ啓蒙は必要か。

「まあ、轟力先輩は全然マシなほうよ。《公序良俗健全育成法》が成立して性知識が狩られ始めてから十六年。性知識が狩られるってことは、恋愛についての表現も自然と規制されていっちゃうってことなのよ。そのくせ“愛は大事、愛は偉大”と、空っぽなフレーズばっかりがそこら辺に漂っているでしょう? 全国的にはまだそうでもないけれど、特に性の廃絶が激しい清麗指定都市なんかでは、増えてるのよ。人の愛し方がわからない、しかもその自覚がない、あなたみたいに歪んだ恋愛観をもつ人がね。まあ、恋愛観に正しいもなにもないのだけど、限度ってものがあるわ」
 (同書、p.133)


その結果として知らぬ間に犯罪的な行為に手を染める人の存在は、後半えげつなくもみっちりと描かれます。
人間の性は知がなければここまで壊れるのだと言わんばかり。
現実に返れば、だから性教育が必要なのは言うまでもありませんが、エロスから離れる方向でその壊れ方を執拗に描いたのが一つの見所です。

そう、結局のところ本作における「性」は「知」との相関において描かれています。
そもそも「風紀優良度」による高校の格付け自体、現代における偏差値の序列を連想させます。性(への無知)が知に取って替わっているのです。
無知によって性が抑圧され、それによって性の箍が外され、性への興味が知的好奇心として蘇って燃え上がる――こうした性と知との絡み合いこそが本作の興味深いイメージであると同時に、もしかしたら限界をも示すものかも知れません。
本作も決して「人間は知があれば過たない」等とは主張しませんが、しかし性知識があっても逸脱する人のような、知とは別のところでの性の統御は主題化されていませんから。

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プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
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