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現代は低調の時代なのか

久し振りにサブカル系の話から離れて、科学系の本の話でも。

迷走する物理学迷走する物理学
(2007/12/13)
リー スモーリン

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本書の邦訳は私が愛知県芸に入学する前年に刊行されたもので、刊行後まもなく我が家に存在しており、私も大学入学後ほどなくして読みました。
そして、間違いなく名著と認めたいと思います。

本書は4部構成。第一部「未完の革命」は近代物理学の発展史概要で、とりわけ相対性理論と量子力学の統一を初めとするいくつかの問題が現代物理学の課題として残されていることが示されます。第二部「ストリング理論略史」において、現代の理論物理学界で主流の理論であるストリング理論(ひも理論、超ひも理論等とも)について解説されますが、同時にこの理論にはどうとでも定められるパラメーターが多く、それらのパラメーターが「なぜこの宇宙についてこのように定まっているのか」については説明できない理論であるという難点が挙げられます。
第三部「ストリング理論を超えて」では、様々なまだ説明されていない意外な事実や、ストリング理論とは異なる(学界においては主流でない)アプローチの存在が挙げられ、そして第四部「経験から学ぶ」では科学史や科学哲学をも援用しつつ、まさに「科学とは何か」が問われます。

著者スモーリンの主張は要するに、「検証可能な理論として行き詰まった理論であるストリング理論が学会を席巻し続けており、理論物理学においてここ30年はノーベル賞に値すると目される発見がない――これは物理学史上この200年間で初めてである――のは学界のあり方に原因があり、科学界のあり方を見直す必要がある」というものです。

門外漢としては本当か? と思いたくなるところです。
現代物理学は「迷走する」どころか途方もなく高度なところまで進んでいるのであって、もうそんなにぽんぽんと新発見が出てくるほどに探求できることは残っていないのではないか、と。
しかしスモーリンははっきりと、大きな問題が残されているにもかからずその探求は進んでおらず、糸口となりそうな意外な事実やアプローチの可能性も存在しているが、その研究が十分に進められてはいないことを、物理学者としての先端の知見から示していきます。
いくら現代物理学が見事にうまくいっていると言っても、それが30年以上前の理論であれば、「では現在はうまく行っているのか?」は問題になり得ます。

※ たとえば、最近検出されたと話題のヒッグス粒子も、その存在を予見する標準理論は'60年代に出ていたものです。
実験による検証も大きな科学の前進ですが、ここで問題なのはあくまで、新たな理論を提唱する「理論物理学」の分野です。

物理学界の事情などというのは、門外漢にはなかなか知り得ないことで、著者の話が公平というわけでもなかろうとは思いますが、本書に描かれている大学の裏話などはやはり興味深いものです。
そして「科学とは何か」――普段歩く時にどうやって歩くのか考えないのと同様、科学者は科学というものを当然のものと思ってやっているので、通常そうした話題を嫌います。しかしスモーリンはそれに直面します。
ストリング理論を批判する物理学者は他にもいますが、科学のあり方という問題にまで遡っている人は本職の物理学者としては珍しいもので、学生時代にアインシュタインを原書で読んで物理学を学び、現在ではポストモダン哲学の学会にも顔を出しているという著者の碩学がよく活かされています。

第17章「科学とは何か」では、大学院生時代に真剣に自分の研究者としてのあり方について悩んでいた著者が科学哲学者ポール・ファイヤアーベントの著作と出会い、本人と交流した感慨深いエピソードが述べられています。
ただ、このファイヤアーベントという人は、科学のあり方は結局「何でもかまわない」とか、科学を神話や魔術といった他の人間の営みと比較してそこに価値の差はない、といった過激なことを言っているため、反科学主義者として科学界の一部からはとりわけ嫌われ、批判されている人物でもあります。
しかしスモーリンの伝えるところ――

 ファイヤアーベントが取り上げた最初の話題は、くりこみという、量子場の理論で無限大を処理するための方法だった。先生が現代物理学について相当のことを知っていることに、私は驚いた。先生は、ハーヴァードの何人かの教授がそうじゃないかと言っていた反科学主義者ではなかった。物理学が好きなのは明らかで、私が会ったことがあったたいていの哲学者よりも、専門的な話に通じていた。科学に敵対しているという評判が立ったのは、疑いなく、科学がうまく行くのはなぜかという問いには答えが出ていないと考えたからだろう。うまく行くのは科学に一貫した方法があるからだろうか。それならまじないで治す医者にもある。
 (……)
 ファイヤアーベントは、科学は人間の活動で、一般的な論理や方法には従わず、知識(それをどう定義するにせよ)を増やすために必要なことは何でもする、臨機応変の人々によって行われることを確信していた。その根本問題は「科学はどう動き、どうしてそれほどうまく機能するのか」ということだった。私の説明すべてに反論していたが、この問題こそが、その情熱的な追究の対象であることが感じられた。反科学主義者だからではなく、科学が好きだからだった。
 (リー・スモーリン『迷走する物理学』松浦俊輔訳、ランダムハウス講談社、2007、pp.377-378)


ここで描かれるファイヤアーベントは、自由に生き、問題に答えを出すことよりも、他人の答えに反論する反駁的対話をつねに標榜する、ソクラテス的人物として描かれています。「いささか褒めすぎ」なのは師と仰ぐ人を語る時の常ですが、なぜかくもファイヤアーベントが尊敬されているのかはよく伝わってきます。
その問いを受けとめた上で、スモーリンは本書の終盤で自分なりの「科学とは何か」に対する答えを示します。たしかに常識的な科学のイメージとは大きく違いますが、注目に値します。

しかし現代物理学界は、主流のやり方から外れるものを排除し、新しい理論を発明するような才能を活かしてないのではないか――

現代物理学の概説としても良書でしょう。


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コメント

No title

結局、クーンのいったことは正しかったということでしょうかね。

パラダイム論は一時期ボロボロに叩かれてましたけど。

Re: No title

そうですね、スモーリンも通常科学と科学革命のあり方の根本的な相違という点については肯定的です。
パラダイム論を巡る議論にあっては、クーンの主張の穏当な部分を取り上げるか、過激な部分を取り上げるかといった問題も関わっているようですね。
クーンのパラダイム論を詳細に取り上げることのできそうな予定は今のところありませんが、それに関わる話も近々扱おうとは思っています。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
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