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2016年9月の読書メーター

23冊5128ページでした。

読書メーター2016年9月


【漫画】


海底都市で暮らす女子中学生のまそらと澄音。地上の空を知らず、日常的にボンベを使って潜水したりしながらも、楽しく中学生をしている二人。だが実は、この都市の子供達の生まれと記憶には秘密が……地上に憧れ、管理をかいくぐって地上から来た男とコンタクトを取るまそら。特異な世界とその秘密、というネタ自体はオーソドックス。楽しい日常とそこに潜む不穏なものの描写は悪くないが、今後の展開次第かな。


これはすでに紹介したシリーズの続巻でも、原作紹介済みのコミカライズでもない新作です。なかなか興味深いはまだ評価は下しにくいところ。




 (原作についてはこちら

原作の順番通りに、原作1巻の第3話「不可視の胎児」途中まで。第1話「泡」は原作の1エピソードを1話で消化する展開の速さに少し驚くものの、特に過不足は感じず。絵は綺麗で読みやすく、キャラのイメージ的にも違和感はなく、良いコミカライズではないかと。ただキャラ紹介台詞の都合か鴻ノ池が鷹央と初対面扱いになってるのだけは気になった。「小鳥」という小鳥遊の渾名は伝わってるのに…。1話ごとに原作者による医療豆知識(原作にはなかった)が入っているのもポイント高い。





 (前巻のレビューは2016年3月の読書メーターですが、抜粋に入れていませんでした)

原作5巻の最後、第1部完まで。バートランを失ったティグルだが、ついにテナルディエと決着をつけ王都に凱旋…漫画としてはストーリーの魅力と戦闘の迫力をよく伝えていて、今更特に言うことはない。予想はしていたが漫画版はこれで完結なのだけが残念。巻末の第2~3部予告編がまた素晴らしいクオリティで罪作り。そこでオルガやマトヴェイ、タラードの姿を見られただけでも重畳というべきか。いつか再開を期待したい。


ライトノベルのコミカライズとしてはトップレベルの出来で、これ以上語る必要もないくらいです。
ただ漫画の方が時間がかかり、原作の展開に置いて行かれる(そして、原作終了後のコミカライズをいつまでも載せ続ける余裕はどこもない)ためか、途中で終わることが多いのが現実で、本作もそれに漏れなかったのだけが残念です。




 (前巻のレビューを含む記事

ちおちゃん達にケツ闘(カンチョー)を挑む女子学生登場。その正体と真意とは…今回は5話中3話が彼女絡みで、少しずつ話が繋がって過去の件にも繋がる事態が明らかになりつつ、ちおちゃんのダメっぷりを小学生にもアピールする展開、相変わらず巧み。残る2話は真奈菜オシャレなコーヒー屋に挑む、と真奈菜傘を振るって大賢者気分、と真奈菜が目立った。ちおちゃんのゲーム感覚にこうも乗せられる彼女も同類なのがよく分かる。巻末のおまけも本作らしく、モブキャラまで見事にゲスなこと。しかし安藤さんはいい役所なこと。





 (前巻のレビューを含む記事

肖像画家兼、令嬢カタリーナの礼儀作法の家庭教師としてヴェネツィアにやって来たアルテ。だが礼儀作法が身に付かないというのは表向きの姿、作法に乗っ取った振る舞いも授業も拒む彼女の秘密とは…。貴族社会の慣習への反発と、好きなことの追究。自らも貴族の家を出て画家を志したアルテにとって共感するところがあろうが、このままで良いとも思われず、家庭教師の仕事も果たさねばならない。社会慣習から外れ、穴を開けて生きつつ、積極的に変革すべく戦うわけではない生き方、どこに落とし所を見出すか。相変わらずアルテの明るさが気持ちいい。




【小説】



 (前巻の記事

心を書き換えてられ連れ去られたスヴェンを取り戻すべく、レベッカの協力も受けて王都ベルンに向かうルート達。ゲーニッツ中将との過去、対決、そして迫られる決断。宮廷賢者ハヌッセンに前々から仄めかしはあったブリッツドナー、それに極東の国ヤマトの人達と、割と上手い具合に助けが入る展開が目立ったが、まあ布石はある程度はあった、ということか。まだ続くということで、物語の向かう所はまた分からなくなった。まあ問題は、不穏な、そして万能の解決はない国際情勢の中で、それでも彼らは一介のパン屋として生きる、ということなのだろう。





 (前巻の記事

迷宮司書官の資格を受験することになったメリダとエリーゼ。だがそこには「革新主義者」達の陰謀、さらに犯罪組織「黎明戯兵団」の襲撃が…。前巻よりも命のやり取りを巡る緊迫感は高く、一人一人の成長も感じられたのは良かった。ただ前巻で登場した他の騎士公爵家の娘ミュールとサラシャ、それに今回の黒幕セルジュ公といった面々の思惑と陰謀、メリダの父フェルグス公の意志、そして最後にはロゼッティと成長と彼女とクーファの絆と色々あって、しかもまだ謎も多く、もうちょっと一人ずつの動向と心情に集中しても良かったのでは、と思ったり。




ルチアは王城に勤める洗濯婦だが、汚れを落とすシャボンの魔法を使える。そんな彼女の魔法に魔物を鎮める力もあることが判明し、異世界から召喚された聖女の浄化の旅に急遽同行することに。現代日本からファンタジー世界に召喚された女の子が脇役で、平凡なつもりで実は非凡だったその世界の少女が主人公の物語。異世界から無理矢理呼ばれたマリアの我が儘ぶりと、彼女とルチアの交流もいい感じ。ルチアの明るいキャラで楽しませてくれる。ただ最後で不穏な急展開に突入。引きを計算してのことか、単にページ数の都合か……


「小説家になろう」の女性向け作品を書籍化するレーベル、アリアンローズの新作です。



18歳にしてデンバー魔法大学の教授に就任した結界魔法の研究者コルク。当大学の学長を務めるのは、十代前半の姿のまま250年を生きる不老少女レイチェル。何だろう…話の比重としてはコルクと幼馴染みのアレン、カリナの三角関係を巡る話が一番大きく、無意識の結界魔法に苦しむ少女と結界魔法研究の話が所々で、そしてレイチェル学長の過去と黒幕を巡る話が最後に披露されて終了した感じ。バランスは良くない。魔法研究は主人公がそれほど成果を披露することなく半端だったし。ただ期日に追われるもめぼしい成果のない状況に親近感は湧いた。


最近は文庫でのライトノベルを刊行していたところが、判型が文庫でなく単行本のレーベルを新たに立ち上げることが増えており、ついに『このライトノベルがすごい!』でも文庫部門から独立した単行本部門が新設されるほど。
単行本はWEB作品の書籍化を中心にやっているところも多いのですが、本作はWEB出身ではない新作の模様。
ただ内容については……どうもいくつかの題材間でのバランスの悪さが目立ちます。
余談ながら、不老の少女と彼女をそのような身にした黒幕、という構図は『魔法先生ネギま!』のエヴァンジェリンと始まりの魔法使いを思い出したり。



【スポーツ】


オリンピックは開催国の利益やアピールのために行うものではないし、選手あるいは団体同士の争いであって国同士の争いではない。重視すべきは歴史・文化・環境である。その意味で2020年東京オリンピックの政府方針には問題が多いことを、政府方針とオリンピック憲章を比較検証、また'64年五輪との対比も行って指摘。そして、本来のオリンピズムの精神に適ったスポーツ選手・スポーツ界にできることの提言。五輪が頂点とは限らない、競技の発展のためには五輪に依存すべきではないという最後の話も含めて、概ね納得できる内容であった。


最後には2020年東京オリンピックの政府方針がそのまま掲載されていたりで(まあ資料として便利ではありますが)、ただでさえ200ページに満たない本の中で著者の論に割かれているページはさらに少なめ。
ただ、論旨は明瞭です。

誘致の段階から私も反対してきましたが、他にも疑問はあります。
たとえば、なぜ野球が五輪種目入りなのか。
あんな不祥事があったばかりで――というのもさることながら、そもそもなぜそんなに五輪種目入りさせたがるのでしょうか。
たとえば国会議員を務めている堀内恒夫氏のような年長の世代は「やはり国際大会の頂点と言えば五輪」というイメージが強くて、この件を熱心に進めてきた感があります。
そんな中、五輪は限られた日程で消化せねばならない都合上、参加国が限られ、強豪国が予選落ちしてしまうことがあるなど問題も多い、競技の発展のためには五輪依存から脱却を、という本書の論は腑に落ちるものでした。



タイトルの「崩壊」は大袈裟、7月時点で今期前半の総括的プロ野球評論という感じ。最新の話題メインなのが見所。全体に文章の繋がりが途切れがちで散漫な印象はあるが、目立ちたがり自己中采配の目立つ阪神・金本、何もしている気配のない読売・由伸への批判は明瞭。その他球団への言及は少なく、中日・谷繁への期待とDeNA・ラミレスへのダメ出しは外れ。ハム・栗山への評価と合わせてその後変化したか知りたいところ。「ソフトバンクのネックは工藤監督」は当たりか…ちょっと笑う。不祥事続く球界への警鐘とリーダーの資質は傾聴の価値あり。


名指しで「巨人びいき」の審判を批判し、彼が審判部長や指導員になったので「驚いた」、「とても人の上に立つような人材ではない」と言った挙げ句、「こういう審判がいなくなったのも、巨人が弱くなった原因の一つだろう」(p. 115)だとか、毒舌ぶりは過去著作以上。野村氏の著作には内容の被りも多いのですが、本書は最新の事情をもっぱら扱っていることもあり過去著作との被りは少なめで、その点では悪くない一冊。
ただ、一節の中で一つの主題に関して、肯定的な論調から否定的な論調へ(あるいはその逆に)話がズレていったりと、いささか論旨が散漫な印象はありました。



【学術系】


C.P.スノー『二つの文化と科学革命』。科学と文学、つまり理科と文科という二つの文化の分裂と相互無理解を指摘、だが他方で産業革命のような近代の「科学革命」以降、ますます社会における科学の影響力が大きくなっている現状を見て警鐘を鳴らす。割とイギリスとアメリカやロシアとの比較が多いのが印象的。後半は産業を手にしているか否かによる世界的な貧富の差を問う。今なおアクテュアリティを失わない好著。慣用句的な言い回しが多いのが学術書に慣れてるとやや馴染みにくい英語だったが。なお邦訳にあるその後の考察や解説は収録なし。


邦訳はこちら↓



読んだ本の詳細は追記にて。

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2016年8月の読書メーター

先月の読書メーターまとめです。
17冊4516ページでした。

読書メーター2016年8月

まあ漫画が半分くらいの数合わせでようやくこの数字ですけれど。論文執筆期間に入ったとはいえ、洋書の読了がないのも寂しいところ。
以下は抜粋です。

【ライトノベル】


蝙蝠型のホムンクルス・トローと闇の王と呼ばれた幻獣クーシュナを連れ、「幻獣調査員」として幻獣の問題を解決し、記録するため各地を旅する少女フェリ・エッヘナ。彼女が巡り逢う、竜、バジリスク、マメイドetc.の幻獣に関わるオムニバス。切ない話から抜けたオチのほのぼのした話まで様々だが、作者らしく人間の醜さも描くが、他作品のような後味の悪さは控え目。幻獣のことに目がなく、真面目で純真なフェリは可愛いし、ファンタジー世界の幅広い味わいを伝えてくれる作品。ラストの仕掛けも加えて綺麗に締めたが、続きも見てみたいような。


人間の醜さ・浅ましさを描く話、残酷な話もありますが、全体には優しいお伽噺のような読後感が強く、綾里氏の作品としては新鮮でした。良かったですね。




 (前巻の記事

学校に入学したリョウ。アランとの再会、それに魔法使いと人間の隔たりを強く主張するカテリーナ嬢や、苛められてがちな魔法使いシャルロット嬢、リョウに弟子入りを志願するクリスといった級友達との出会い。世界に技術革新をもたらし、家族も次々に変わった1巻に比べると今回はもっぱら学園内での人間関係に終始して話も小規模、展開もやや落ち着いた感じ。とは言え、学校内には要人も揃い、最後で急展開もあって、学内政治が大きな動きに繋がってくるのだろう。友人関係では空回り気味なリョウのハイテンションな語りも相変わらずで楽しめた。


リョウの人生の波乱万丈っぷりは前巻よりも控え目。
まあ、学校生活は彼女が将来この世界でどう生きていくか、道を決めるためのステップ――ということなのでしょう。そうやって「学校を人生のキーポイントとする」感覚に、われわれがあまりにも馴染みすぎて、ことライトノベルではどんな世界観の作品でもとにかく学校を持ち込むきらいはあるのですが。
本作の学校には国中の貴族・王族の子弟が揃っており、政治的にもキーポイントとなりそうですが。




 (前巻の記事

将来の禍根を摘み取るべく奔走するローゼマリー。(ゲームにおいては)後に魔王の器となるミハイルとの出会い、そして彼の抱える秘密。娘に対しても冷徹な父王も登場。ただ全体としては外的に見える事件よりも、レオンハルトとの(今のところ報われぬ)恋愛話が主体。身体は子供、中身は大人でも飛び抜けて優秀というわけではない彼女の想いと奮闘がいい塩梅。しかも、ここまで頑張ってきたことの結果として異国の王に嫁がされる危機……この危機を回避出来るのか。周りでは彼女を巡る男の子達の争いも勃発、彼らも可愛いわ。今後も楽しみだ。


今まで読んできたアリアンローズ作品の中では、結構恋愛色強めな方ではないでした。主人公が子供とは思えない……まあ中身は大人、というのはあるのですが、他方で年月の問題だけではない未熟なところも多く。
「乙女ゲームの世界」で「ゲームに登場するハイスペックなイケメン」だったレオンハルトの、ゲーム中では見せなかった一面なんかも見て、「ゲームのイケメンキャラ」としてではなしにこの人を好きだ、と思うようになる過程が印象的でしょうか。
まあやはり、ゲームのキャラはあくまでゲームとして傍から見るもの、(残念なキャラはもちろん、非の打ち所がない人格高潔なキャラであっても)ただちに現実の異性として好きかというと、話は別でしょう。だから「現実になってみるとゲームの世界もいいもんじゃないな」という方向に落としたり、恋愛とは別の方向で楽しんでいたり、ゲームの非攻略キャラとフラグを立てていたりという話も多い中で、「現実の人間としての相手」との恋愛への心理的道のりを描いているのは、大事なところを押さえており好印象です。
まあ、そんなローゼマリーの想いが報われるかどうかは分かりませんが……


【漫画】



 (以前に言及した『北欧女子オーサ』シリーズの第3巻になります 2巻のレビューは抜粋してもいませんがこちらの記事の中に)

今回は日本の各地方を知るべく、南東北、福岡県大川市、沖縄、京都、広島に旅行。日本人でも知らない場所も多く、参考になることも多いのでは。実際、日本の言語・文化は幅が大きい。「一つの日本語/文化」はウソである(琉球語と東北弁は独自言語認定していいと思ってる)。とは言え、もちろんスウェーデン人としての感覚ギャップネタもあり、食の話に多め。言葉や話を「分からない」ネタでも忠実にその言葉を再現しているのは後から確かめたものか、流石に仕事は細かい。今回も楽しめた。


注目すべきは、たとえば下記のようなネタ。

オーサ 朱印帳
 (オーサ・イェークストロム『北欧女子オーサのニッポン再発見ローカル旅』、KADOKAWA、2016、p. 18、クリックで画像拡大されます)

後から人に聞いたのかも知れませんが、2コマ目の住職の台詞、「分からなかった」話を正確に再現しています。




 (こちらも抜粋にも入れていませんがこちらの記事に前巻のレビュー)

2年生に進級したあおい。夏の富士山再挑戦を目指し、まずは体力作りということで、今回はほのかと一緒に群馬の妙義山、母と秩父の武甲山を経て、ひなた、ここなと雲取山縦走へ。その他には名栗湖でカヌー乗りや荷物軽量化の工夫といった一幕も。一言言っておくと、太陽が出ていない方が暑くないのはいいが、雨が降ると辛いのは道中休憩しにくいこと。まあしかし、そういう事態の経験も楽しみの内。テントを使わなければ滅多なことで荷物10kgは超えないんだがね。10kg超えると交通機関で料金取られることがあるし……




昴(眼鏡で貧乳の女子高生)は近所の小学生・真潮に頼み事をされる。世界を守るため潜水艦で戦っているが、操縦席に背が届かないから一緒に座って欲しいと…。かくして多摩川から東京湾へ出て大タコと戦う海洋冒険。あるいは女子高生が少年を膝の上に座らせてイタズラしたりタコ責めしたりされたりトイレのないのに困ったりするややフェティッシュな話。作者らしいギャグ基調の中でも彼らの家庭環境に関する暗い要素を交え、潜水艦の狭さ等ギミックにこだわりつつ、壮大なSF設定も1巻で綺麗に回収していて良かった。それと猫。




本作の鬼太郎は人間に育てられていた時期があったり、学校に行ってみたり、金貸しの取り立て屋として働こうとしたりと、かなり人間社会に根付いて生きている。騙されたり失恋してやさぐれたりと人間味も強い。冒頭は牛鬼の復活から始まるのだがそれはすぐに吸血鬼と相討ちになり、中盤はニセ鬼太郎を巡る話になるが、最後はねずみ男&人狼を敵として追い詰める…と、全体を貫く要素は希薄な、繋がった連作風の仕立て。なお本作の猫娘・寝子はかなりの美少女だが、中盤の退場でやや残念。共演の人狼(こっちが元ネタ)とネタ被りという面もあるが。



【学術・エッセイ】


表題の問いに入る前に、歩行とは何か、走行との関係、様々な鳥類の歩き方等を分析。ついでハトの首振りだが、一つの理由が解明されてもそれで終わらず、複数の理由やメカニズムが絡んでいる。さらにカモはなぜ首を振らないのか、他の鳥達の動作の謎…。ヒトの二足歩行の研究から始まったという著者の研究だが、首振り一つでも、奥は深い。なお『鳥類学者、無謀にも恐竜を語る』にも同じ話題があったが、やはり特化している分だけこちらがずっと詳細、いい補足になった。本書の著者はあちらの著者川口和人氏と交流があるという言及も少し。




それぞれ「化け物」と「幽霊」に関する二部構成の論攷。「化け物」「お化け」「化ける」「幽霊」「心霊」といった言葉について、辞書から始まってその日常的な用法を分析、そこにある考え方とその形成史を露わにする。「変身」や「変装」との比較から洗い出す「化ける」の意味はとりわけ興味深かった。決して上からの定義ではなく日常言語としてそのような用法が「しっくり来るか」という観点だからこその、地に足の着いた説得力。後半、「霊」の実体化と疑似科学化に関してはかなり批判的だが、その辺も含めて注目すべき論点は多い。



読んだ本の詳細は追記にて。

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2016年7月の読書メーター

またしても随分とご無沙汰してしまいました。
8月1日から例によって登山に行っていたのですが、その件はまた今度。

リオ五輪だということで急にポルトガル語の勉強を始める人達がいて、そういうことがニュースでも取り上げられていたりします。
日本国内に一番多い移民はブラジル系にもかかわらず、普段は見向きもしないのに……

 ~~~

以前「京都を日本の首都に」という公約を掲げる京都市長選の候補者がいて、私はそれに対して批判的でした(「2016年1月の読書メーター」参照)。

何より、形式的に「首都」であるかどうかを言えば、京都人の多くは元々今でも京都が首都だと思っています。
だから、「京都を首都に」では、そもそも訴えになり得ません。
かくのごとく不勉強な市長選の候補者がいたのは、残念なことでした。

(先ほど我が家で出た話ですが、「京都に住みながら東京で国事行為を行えるよう、東京~京都間にリニアを引く」という公約なら、もうちょっと票が入ったかも知れません)

しかし現在、天皇陛下の生前退位という可能性が出てきたことで、若干事情が変わってきました。
退位した(あるいは少なくとも公務から退いた)陛下に京都御所にお戻りいただく、ならば、アリかも知れません。
御所が正確には「上皇御所」になりますが……

 ~~~

さて、先月の読書メーターまとめです。

読書メーター2016年7月

15冊2678ページでした。
しかも小説1冊を除いて漫画のみ。ほぼ何もしていません。

抜粋は下記。


【漫画】


今回のお題は調味料をいきなりかけるかどうか、焼き鳥はタレか塩か、ハンバーガーの食べ方、ソフトクリームは舐めるか噛むか。登場人物の人生も千夏が去って漫才コンビ解消したみふゆが女優デビュー、次郎の立場を脅かすキャラとして売れっ子俳優・黒野ホルム登場と波乱万丈。次郎のスーツアクター復帰により、近藤さんから教えを受ける原点回帰な展開も。食の面では、焼き鳥に各種タレ描写に取材と表現の密度を見た。しかし梯子して色んなものを立て続けに食べる場面が多いこと…食べきれるのか。そして次郎は仕事放棄しすぎ。




おや完結。残念ではあるが最後まで楽しめた。桔梗サンの秘密、黒豹仮面と大暗黒仮面の対決、入野の祖父と大東都新報社の「長老」の過去等色々 ある中、新キャラの作家・妙蓮寺藍子(幼い外見だが27歳喫煙者)も実にいい味を出していた。温泉回で気付くが確かに眼鏡の女性キャラ多いこと。章間でさらっと黒豹仮面の正体など重要情報が開示されたりしつつ、最後は主要人物総登場の最終回。目一杯の騒動を脇目に素通りして駆け抜けるトトコが象徴的と言おうか。しかしアダムとエバの子はほぼ動物なのね…。さり気なく正確な作中年代も明らかに。



読んだ本の詳細は追記にて。

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論文公刊&2016年6月の読書メーター

ますますご無沙汰、読書もその他も思い通りに進んでいない感がありますが、私自身は健在です。

まず、拙論も掲載の学会誌『京都ユダヤ思想』第7号が出ました。
先日(6月19日)の学術大会で会員に配布されました。

京都ユダヤ思想 7号表紙

拙論のタイトルは「死と復活の意味―アグノンとレヴィナス―」です。

今回は商業出版ではありませんが、京都ユダヤ思想学会に問い合わせれば売ってもらえるのではないかと思います。
……近年、HPの学会誌の項が更新されてないのが気がかりですが。

 京都ユダヤ思想学会

リトアニア出身、フランスで活躍したユダヤ系哲学者のエマニュエル・レヴィナスに、ヘブライ文学作家シュムエル・ヨセフ・アグノンの著作を論じた小論があります(『固有名』収録)。
レヴィナスは今や哲学界で人気の一人ですが、あいにくとヘブライ語で書かれたアグノンの著作の方はほとんど知られておらず、「アグノン論」はレヴィナス研究においてもマイナーな題材であり、それを検討した論文となります。

何の因果か、他人の発表からこの「アグノン論」に興味を持った私は、語学が趣味でヘブライ語も学んでいたこともあり、アグノンの当該作品を読む読書会を開始、ついにはアグノンとレヴィナス、いずれも専門家でもないにも関わらずその成果を発表すべく京都ユダヤ思想学会に入会してしまい、入会から1年と数ヶ月で公刊に至ったという、これまた数奇な背景のある論文です。

しかも、京都ユダヤ思想学会は論文投稿者が査読者を指名した上、投稿者が査読コメントに応答するという独自の制度を取っており、査読者からは全ページについて実に詳細なコメントをいただいて、大幅な改稿も行いました。
査読者の意見も大きく取り込んだ結果、元々は誰の着想だったか……という点も(もちろん、論文として出典そのものは明記しているのですけれど、問題はその資料の解釈の仕方です)。
しかしある意味で、「我と汝」的な対話を方針として掲げる京都ユダヤ思想学会に相応しい論文となったのではないでしょうか。

論文の末尾に名が記載されているだけですが、査読者御両名には篤く感謝申し上げます。



 ~~~

さて、先月の読書メーターまとめです。
18冊3827ページにとどまりました。
余計なことをしていたというのもありますが、ライフスタイルの変化を感じます。

読書メーター2016年6月

抜粋……も少しだけで。

【漫画】


 (前巻のレビューを含む記事

これにて完結。第4の殺人が起こり、阿部が逮捕される。事件は幕引きに見えたが、英玖保はこれで終わりとせず…。はっきり二重人格の語を出すなど阿部の異常性に答えを求める解決をより念入りな形で描き、また阿部と被害者遺族・まり子との関係を入れる等して彼の描写を深めているのは実にいい感じ。原作を読んだ時にも真犯人の印象は薄かったが、あまり印象は変わらず。正当派すぎるせいか。ただその設定と謎解きの伏線は古典の名に恥じず、コミカライズとしても上出来だったかと。さらっと阿部定を絡めてくる辺りも、時代背景を活かしていて秀逸。



【学術書】


相対性理論を巡るベルクソンとアインシュタインの論争。理論の形成と紹介といった前史から1922年4月6日のフランス哲学協会での対論、そして後年の影響まで含めたその顛末。両者の生涯、人物像、思想史的な影響関係から交友関係まで徹底して洗い出す仕事ぶりは圧巻の一言。電信・映画といったメディア・情報技術の発達という時代の流れの中に相対性理論とこの論争を位置付けているのは著者の特徴。哲学的議論の掘り下げというよりは思想史的調査が主だが、この主題を研究するならば基本文献となるべき一冊。


非常に素晴らしい1冊で、自分で翻訳してみたいと思ったくらいです。需要はないかも知れませんが。


読んだ本の詳細は追記にて。

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2016年5月の読書メーター

長らくご無沙汰していましたが、生きています。
このブログもまだ畳むつもりはありません。
先月の読書メーターまとめです。ご覧の通り、読書登録も先月下旬から滞り気味ですが……

読書メーター2016年5月

18冊4023ページでした。途中まではもうちょっといけそうだったんですが……
以下抜粋です。


【学術・人文系】


もっぱら西洋美術のイメージに登場する「天使」達にまつわる多様な芸術史・思想史的トピックを概観。キューピッドを初めとする異教の神々との交錯、天からの使者としてのキリストとの関係、音楽との関わり、堕天使、そして現代文学や映画にも生きている天使達……異教や異端のイメージをも自在に取り込み、時には堕天使が英雄に転じたりもしながら、神の死後も生き続ける天使達。参考文献の指示が簡素で、もっと詳しく学ぶにはやや不便さもあるが、相変わらず著者の広範な知識とその絡め方には感心させられる。




デリダ『声と現象』。最新第5版にて。フッサール現象学における「記号」の問題に着目、その読解を通じて、フッサールの根底に横たわる「現前の形而上学」を指摘、さらに現前に非現前が分かちがたく結び付くこと場面を示して、その内在的な批判を企てる。名高い「差延」概念も登場するが、説明は少なめ。フッサールが根本的と見なす分割線がズレることを示す議論の手腕は巧み。無論デリダも現在が現前し、そこからしか始まらないことは認めるのであって、関心事はむしろそれを捉えようとしてつねに捉えきれない哲学の歩みそのもの、なのであろう。


邦訳は下記↓





実在の直接的認識としての直観を認めたベルクソンと、それを批判したデリダの哲学を対話させる試み。まずデリダ側にベルクソンを引きつける先行研究が多いのに驚き。本書は両者の共通点と距離をかなり公平に分析しているし、直観の可能性に関するベルクソンの議論の不十分さや、直観における知的操作の重要性等は優れた指摘が見られる。ただ、デリダ批判には向かわず、ベルクソンの不足を補いその立場を救う議論は可能性の示唆で終わっている辺り、著者もどちらかというとデリダ寄りか。なお個人的に、直観理論はこれで汲み尽くされたとは思わず。



【学術・自然科学系】


原題からしてThe Origin of Fecesとダーウィン『種の起源』のもじり、そして文章もジョークと言葉遊びが目立つ。元々多彩な隠語が使われる分野であり、本文もその話から始まっているし。糞の生物学的な構成要素と起源、公衆衛生に環境の問題…と糞便にまつわるトピックを網羅。排泄物の処理は社会・政治・自然環境・医療等の様々な分野に、すなわち複雑系としての世界に関わり、直線的な解決は別の問題をもたらすという指摘は、人が目を背けがちな問題だけに一層興味深い。食料取引による栄養の移動という問題の強調も印象的。


ただでさえ下ネタは言い換えが非常に多い上、翻訳も難しいところです。
本書の中でも数え切れないほどに連発される"shit"の訳語が「ウンコ」だったり「クソ」だったり……



邦題は『可能世界と現実世界』。分子生物学者フランソワ・ジャコブのエッセイ。全てを説明しようとするのは神話の特徴として科学の限定性を強調、進化論で自然選択を万能の原理にすることにも批判的。進化においては既存の要素による「制約」を強調し、「ブリコラージュ」に喩える。最後は時間の重要性。「可能なもの」に関しては、生物の形態が様々にありえた可能性の一つであること、生物の知覚が数ある可能性の一つであること等様々な用法があり、最後は社会論にも結び付くが、「可能性」「偶然」概念の規定が不明瞭なのはJ・モノーと同じか。


邦訳は下記↓




読んだ本の詳細は追記にて。

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プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
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