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蜘蛛の網の目の上で

どんどんご無沙汰することが増えています。
夏の予定も微妙なところなので、この調子は続くかも知れません。

連載開始から恒例だった『絡新婦の理』コミカライズ版のレビューも先月は書きませんでした。
先月発売の『マガジンSPECIAL』2016年No. 7に第14話、そして今月のNo. 8に第15話の掲載なのですが。





第13話の時点では色々と予想しましたが、またも外れ、第14話は丸々原作第7章の締めの部分でした。
黒い聖母――に扮した絞殺魔――がついに3件目の殺人を犯し、さらなる凶行に及ぼうとするところを榎木津が取り押さえる……という展開なのですが、実はここ、原作小説にすると数ページ分しかありませんでした。

しかし文章なら一文で済むことも、絵にすると紙面を要することもあります。とりわけ、スピーディなアクションはそういうことが多いもの。
それに漫画は、やはり迫力を求めるアクションには大きなコマを使うものです。

絡新婦の理第13話1
 (京極夏彦/志水アキ「絡新婦の理」、『マガジンSPECIAL』2016年No. 8、p. 573)

絡新婦の理第13話2
 (同誌、p. 576)

絡新婦の理第13話3
 (同誌、p. 583)

これで連載1回の半分くらいをきっちり費やしました(これでもアクション主体の漫画にとは比べものになりませんが)。

しかし、事件が事件を生むこの件の構造を察した榎木津は「敵は事件の作者だ」「登場人物は作者を指弾できないぞ」と断言、京極堂を呼ぶべきだと言い出します。
もっとも、「あれも盤に乗れば駒になるか…」と言い添えてのことですが……

絡新婦の理第13話4
 (同誌、p. 595)

絡新婦の理第13話5

絡新婦の理第13話6
 (同誌、pp. 596-597)

こういうところも、原作小説では1ページに満たない流れなのですが、一言で済む台詞に大きなコマを使っての演出が付いてきます。
小説ではページを埋め尽くしていた長広舌を圧縮している蘊蓄パートとは対照的です。

といっても冗長な印象はありません。
そもそも言ってきたように、今回のコミカライズの序盤は早期終了の可能性も考慮してか、原作の1章を1~2話という、これまでの作品に比べると結構な急ぎ足に処理してきていました。
早期終了の可能性はなくなって余裕が出てくるとともに展開も山場で、じっくり紙面を使って描けるようになってきた、ということなのでしょう。

――というわけで、今回第15話は原作第8章に相当する内容となり、榎木津の命に従い益田が京極堂のもとを訪れるのですが……

絡新婦の理第13話6
 (京極夏彦/志水アキ「絡新婦の理」、『マガジンSPECIAL』2016年No. 9、p. 559)

京極堂は協力を拒みます。

というのも結局のところ、榎木津の指摘した通りだからです。
この事件は実行犯を捕らえ、さらにその背後を押さえたところで、それによって事件のステップを進めるだけであり、それは全て真犯人――蜘蛛――の掌の上だからです。
それは京極堂といえど例外ではなく、現状の解決を進めるべく出て行くこと自体が結局「真犯人の役に立つ」ことでしかないのだと。

絡新婦の理第13話8
 (同誌、p. 585)

もっとも現状は、一人の実行犯――「黒い聖母」――捕縛から進まず難航しているような状況ですが、京極堂に言わせればそれは相手が巧みだからではなく稚拙だから混乱しているだけで、遅かれ早かれ捕まるべく人物は捕まり、事態は進展するはずだ、と明晰な説明があります。

絡新婦の理第13話9
 (同誌、p. 587)

絡新婦の理第13話7
 (同誌、p. 584)

とは言え、「このままじゃ少々癪だな」とのことで、現場に登板する気こそない(し、そうしたところでただちに真犯人を押さえられるわけでもない)ものの、考えるところはあるようですが――というところで引き。

絡新婦の理第13話10
 (同誌、p. 588)

今回、「黒い聖母」の供述などについては益田が語ってくれたわけですが、これはまだ学園編の一展開に過ぎません。
本作は複数の事件が同時展開されつつ絡まって、まさに蜘蛛の巣を形成しているというところが味噌でした。
次回は「目潰し魔」の事件も京極堂に持ち込まれ、いよいよ合流が進むはずです。
と同時に、共通する事件がまったく異なる意味の層の下に現れるという本作の醍醐味が、本格的に見えてくることでしょう。

真犯人「蜘蛛」はなぜかくも意のままに事件を操れるのか、という京極堂の説明もあるはずで、そうすると原作第8章も2話で済むのか、また3話要するのか微妙なところですが――いずれにせよ、大変に楽しみです。

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無能な大人と信頼できる大人

相変わらず、いや以前にもまして物忘れがひどくて困ります。

 ~~~

まあ何はさておき、今月の『マガジンSPECIAL』の発売日になりました。
『絡新婦の理』コミカライズの第13話掲載です。



内容的には当然ながら前回の続き、原作第7章の後半に当たります。
聖ベルナール女学院にやってきた探偵・榎木津礼二郎は美由紀に会うなり、さっそく犯人を指摘します。

絡新婦の理第13話1
 (京極夏彦/志水アキ「絡新婦の理」、『マガジンAPECIAL』2016年No. 6、p. 619)

榎木津を知らない人は誰もが驚く、以前に理解出来ないスピード解決ですが、ただ本作に限ってのポイントは、すでにこの前の益田パートで「誰を疑うべきか」の指摘はなされており、読者としては榎木津の犯人指摘を理解出来るということ。
目撃者の美由紀からして、なぜ榎木津がいきなりそれを見抜けるのかは分からないままに、「なるほど、あいつが犯人ならば辻褄が合う」と理解します。
その点で、本作においてはむしろ、「榎木津がその特殊能力で何を見て何を言っているのか分からない」という場面は少なめです
ただ、そうやって一つ一つの事件について何が起きているかは比較的明快でも、それは事件が起きてからの犯人当てにすぎず、事件が事件を呼ぶ全体の構造――「蜘蛛の巣」――は解きほぐしがたく、誰もその連鎖を止められない――それが本作の事件の恐ろしく、厄介なところです。

さて、今回の見所はまず、探偵サイドの人間たちが美由紀の証言を理解してくれるのに対し、彼女のことを端から信じようとしない学長たちの愚鈍さ・醜怪さの対比でしょう。
真相を遠ざけるだけの無能な関係者・捜査者というのはミステリの定番ですが、美由紀パートは主役が大人の力に翻弄される立場の女学生であるだけに、いっそうその嫌らしさが際立ちます。

まあ、美由紀と榎木津が会っているのは前回ラストから今回冒頭のわずかの間だけ、会話はまったく成立していないのですが、(顔がいいだけでなく)美由紀の見たことを見通している榎木津に、彼女は独特の信頼を感じています。

何しろ、探偵助手の益田はというと、

絡新婦の理第13話5
 (同誌、p. 623)

美由紀の脳内では本人の名乗りよりも榎木津による(間違った)益山という呼称の方が優先されるような扱いですし。
とりわけこの漫画版では、当初は「どうこの人も信じてくれないだろうし…」と原作よりも益田に対する不信感が印象付けられました。
それでも、益田は美由紀の話をちゃんと聞いて信用してだけに、一定の評価はされます(頼りないせいか、信頼というには今一つな扱いですが)。

他方で、前理事長の腹心・海棠は、横柄な態度を取っていたかと思うと、相手が榎木津財閥の御曹司と知って一変する卑屈さ。

絡新婦の理第13話2
 (同誌、p. 620)

学長に至っては、美由紀の発言をまったく信じようとせず、「妄言」だ何だと罵ります。

絡新婦の理第13話3
 (同誌、p. 625)

美由紀と織作碧のどちらを信じるかとなれば、学院一の優等生で経営者一族の娘である碧を取る、という態度も露骨ですし。

絡新婦の理第13話4
 (同誌、p. 629)

碧の可憐で無垢なイメージがまた、見事です。

絡新婦の理第13話6
 (同誌、p. 631)

この表現だと学長がロリコンっぽく見えますが、多分性愛の問題ではなく。

何よりの問題は、「黒い聖母」というのが殺人鬼の仮称であることを全く理解せず、いつまで経っても「そんな怪異がいるわけがない」「木像が動くはずがない」と言っていること。

絡新婦の理第13話7

絡新婦の理第13話8
 (同誌、p. 637-638)

「分かってるじゃないか」と美由紀が(内心では)上から目線で思ってしまうのも、そのことがちっとも伝わらない大人ばかりを相手にしていたから。
原作では「他の連中は大人のくせになんでこの程度のことが理解できないのか、美由紀には理解できない」という一文があって、ある意味で痛快でした。

もう一つ、愚鈍な大人たち相手の痛快は、この「知らないならいいです」。

絡新婦の理第13話9
 (同誌、p. 640)

ちなみに、原作の文章では学院上層部の人間は学長・教務部長・事務長といたのですが、漫画ではこの禿頭が学長で、すると横の眼鏡が教務部長でしょうか。個人的には驚く程にイメージ通りです。

なお、原作の設定だと礼拝堂の壁に刻まれているヘブライ語は何かの引用とかではないのですが、この漫画の絵では何が書かれているのか、未確認です。書体は聖書写本の類で見たような感じですけどね。
こういうのは、オリジナルの文章を書こうと思ったら専門家のアドバイスが必要な場合もありますし、大変なところです。

さて、今まで原作の1章を連載1話に収めるにせよ、数話に分けるにせよ、原作の章の区切りが漫画の話の区切りに一致していたのですが、実は今回のラストは実は原作第7章の最後まで行っていません。
第2話、第6話、第11話と「事件が起こり、新たな死体が出て引き」という形になっていたのですが(これはそれぞれ原作第2章、第3章、第6章の締めと一致しています)、今回もそれと同じ形になっています。

確かに、同じパターンの引きの繰り返しであることはそれほどマイナスにはならない、死にはそれだけの力があります。
今回は「まさかこんな結果に……」というインパクトもありますし。
連載漫画の構成としては、ありでしょう。

ただ、原作7章の残りは、犯人を取り押さえるアクションと若干のやり取りくらいで、そう紙面を要するとは思えません。
とすると、次回の構成はどうなるのでしょう。
原作8章――ふたたび益田パートで舞台は京極堂――に移ってしまって、この後の顛末は回想で語るという手もありかも知れませんが、はてさて……

とにかく、今回も漫画として魅せるための工夫をしつつ、原作の嫌らしさ、痛快さ、悲劇の衝撃といった持ち味をしっかり押さえており、素晴らしい出来でした。
次回はどう運ぶのか、期待して待ちましょう。

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傷付き、それでも戦い続ける女たち――『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ 6』

今回取り上げる漫画はこちら、フス戦争をチェコの伝説を交えた独自のアレンジで描く歴史漫画『乙女戦争(ディーヴチー・ヴァールカ)の第6巻です。



 (前巻の記事

今回、フス派のターボル軍は鉱山都市クトナー・ホラを拠点として十字軍を迎え撃ちます。
ここで十字軍の指揮官として立ちはだかるのは、フィレンツェ商人の息子から神聖ローマ皇帝ジギスムントの家臣に成り上がった軍略家フィリポ・スコラーリ

乙女戦争6巻1
 (大西巷一『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ 6』、双葉社、2016、p. 12)

彼は騎馬民族クマン人の騎兵部隊を呼び、さらには捕虜とした女たちをも晒し物にして利用する非道な戦術で、ジシュカ率いるターボル軍を苦しめます。

乙女戦争6巻2
 (同書、pp. 16-17)

乙女戦争6巻6
 (同書、p. 54)

乙女戦争6巻3
 (同書、p. 25)

略奪され、嬲り物にされる女たち、その中でも強く戦う女たち……これは本作の変わらぬ主題です。

乙女戦争6巻4
 (同書、p. 29)

何も戦っているのは、ターボル軍の女たちだけではありません。
ターボル軍のフランチェスカは敵に捕らわれて後、クマン人の首領の娘エドゥアのお付きとして取り立てられるのですが、このエドゥアもまた、一族のため「女」としての自分をジギスムントに「売り込み」せねばならぬ立場でした。

乙女戦争6巻7
 (同書、p. 72)

さて、主人公のシャールカはというと、不思議な強さを持って戦い続けてきた彼女ですが、親友のガブリエラを亡くしてからはなかなか立ち直れずにいました。

乙女戦争6巻5
 (同書、p. 38)

あるいはリタイヤか……と思われた彼女の前に現れたのは――

そんな中、ついにターボル軍はクトナー・ホラを放棄して雪の中を散り散りに逃走。
その途中、ジシュカはジギスムントの皇后バルバラを捕縛するのですが、一緒に少人数で遭難する形に。
そこでのジシュカの決断は……

乙女戦争6巻8
 (同書、p. 101)

まだターボル軍に健在の兵たちは多く残っているものの、将の行方不明というのは士気に大きく関わります。

乙女戦争6巻9
 (同書、p. 174)

けれども、そんな瓦解寸前の軍に少女の声が再び力を与える――これもまた、本作ならではの見所です。

乙女戦争6巻10
 (同書、p. 178)

とはいえ、皆がギリギリのところで将の帰還を信じてまとまっていても、当の将たるジシュカがターボル軍を見切るか……という場面が描かれたとあっては、ターボル軍の命運も風前の灯火と思われるのですが……この戦争も終幕間近なのか、少女の声がまたも歴史の流れを動かす時が来るのか、それとも――


騎馬民族など、その時代・地域に存在した様々なモチーフを独自解釈やアレンジを加えて取り込み、活用する手腕、そしてこのハードな展開。今後も目が離せない作品です。



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彼女が立ち上がる時

映画を観に行くと、新作映画の宣伝でも意外なものを観て驚いたりします。
この度は『ルドルフとイッパイアッテナ』が映画化されるとか(予告を観ていて、タイトルが出る前に黒猫がトラックに乗っていく冒頭のシーンでこの作品であるのが察せられました)。

一見して、イッパイアッテナが想像以上に迫力と威厳ある印象。
とは言え、ケンカも強い古参のボス猫でなおかつ教養もある、という彼のキャラによく合っていると気付きました。
私にとってこの作品は元々、子供の頃に、NHK「母と子のテレビ絵本」での朗読を聞いていた作品なので、文章で読むのとはまた少しイメージの持ち方が違ったのかも知れません。





 ~~~

それはそうと、今月も『マガジンSPECIAL』の発売日で、『絡新婦の理』コミカライズの第12話が掲載です。



そしてふたたびのセンターカラーです。
この扉絵も単行本には収録されなさそうなので注意されたし。

絡新婦の理第12話扉

内容はこの扉から見ても分かり通り、ようやく聖ベルナール女学院の美由紀編に戻ってきました。
1巻、第4話以来です。

あまりにも異様な事件に加え、下衆な理事長の脅迫を受け、親友の小夜子も様子が変わってしまって、寮の自室に引きこもっていた美由紀のもとに、祖父・仁吉(2巻で登場)が訪れます。

絡新婦の理第12話1
 (京極夏彦/志水アキ「絡新婦の理」第12話、『マガジンSPECIAL』2016年No. 5、p. 495)

絡新婦の理第12話2
 (同誌、p. 498)

漁師として恐ろしいことに出くわした経験も豊富で、そして伊佐間を介して(直接には会っていないものの)京極堂とも縁のある祖父の言葉(「この世には不思議なことなんでないんだと」)を受けて、美由紀が再起する様はとりわけ気に入りの箇所の一つで、期待に違わず大満足です。

絡新婦の理第12話3
 (同誌、p. 512)

そう――大人たちが美由紀の言葉に耳を傾けてくれない事情もあり(醜怪で愚鈍な学院の大人たちの描写のえげつなさと来たら……漫画版では描写が比較的あっさりしている分、まだマシなくらいです)、彼女の力で事件を解決はできませんでしたが、彼女は物語の叙述上は――すなわち、読者に対しては――視点人物であると同時に、(単に巻き込まれただけではなく)真相を推理する探偵役でもあります。
学院の呪いの話と「目潰し魔」の連続殺人という二つの事件を本作の物語の二つの主流とするならば、美由紀と木場はそれぞれの主役であると同時に、個々の事件に関しては探偵役です。
ただし、それぞれが個々の事件の真相を解明することは次の事件を呼び、そこで終わらないのですが――

絡新婦の理第12話6
 (同誌、p. 515)

絡新婦の理第12話4
 (同誌、p. 519)

そして、事件を解決する「探偵」の榎木津も、いよいよ学院に来訪。
美由紀と榎木津の出会いと、それから美由紀が榎木津に抱く一種の信頼関係も――あまり真剣に見えないし理解しがたいけれど、愚鈍な大人たちと違い頼れるというこの感覚――も非常に好きなところなので、ようやくそこが描かれて嬉しい限りですね。

絡新婦の理第12話5
 (同誌、p. 522)

初見での美由紀の反応は、個人的にはちょっとふらっとなりすぎというか、これだとまるで一目惚れみたいにも見えますけれど、でも恋愛感情までは行っていないんじゃないかな、と思っていたり(下衆でいやらしい男たちへの嫌悪という面で、美由紀が初めて自分は女なのだと自覚した、という記述はありますが、女としての自覚=恋愛とは限るまいという思いもあり)。
とは言え、特に違和感は感じませんし異存なし。
たぶんここまでのテンポだと、次回で原作第7章も終幕と思われます。1巻所収の第4話と合わせて、第7章は3話かけたことになります。今までは1章あたり2話でしたが、連載第1話のページ数は多いことを考えると、やはり全体に美由紀編の比重が大きくなっている感はあります。
まあページ配分に関しては、前半は早期終了の可能性も一応考慮して、やや圧縮度合いが高かった影響もあるかも知れません。

この辺は本当に好きなところなので、次回も楽しみですね。

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複数の事件が繋がり、織り成すもの――『絡新婦の理』(漫画版)第2版

世の中には色々と奇遇というのはあります。
例えば、同時の行われたスポーツの試合がどれも同じようなスコアや展開になったり……
現在日本プロ野球には両リーグ合わせて12のチームがあり、全チームが試合をすれば日に6試合が行われるわけですが、ちょうど本日(4月12日)の6試合も、その内4試合が9回裏に同点となり、内3試合が追い付いたホームチームのサヨナラ勝ちでした。12球団のクローザ-(抑え投手)の内で8人が登板し、5人が失点する展開。

普段なら「そういうこともあるか」で済むのですが、なにぶん野球賭博問題の直後だと「八百長かな?」「プロレスと同じで、実はシナリオに従ってやってるんじゃないか」等と考えてしまいます。
そこに疑惑の判定や要所でのエラーまで付きまとえば、なおさらです。
とりわけ、あまりにも低レベルな誤審がしばしば肝心なところで生じるのは、勝敗をシナリオ通りにするための帳尻合わせと言われても仕方ありますまい。

こういうことを言うと「真剣にやっている選手に失礼だ」と言われるかも知れませんが、「失礼だ」と言えるのは、選手が八百長しないで真剣勝負をしているという前提で、です。
ところが日本野球機構は賭博問題について「開幕までの解明は困難」と認めており、開幕後になって「自分から名乗り出た者には処分を軽減する」措置を発表しています。(その他にも、細々言うのも面倒ですが、実に意味不明の弁明の多いこと)
疑惑を払拭できない状態で始めておいて、「疑うな」とはムシのいい話ではないでしょうか。
疑われたくないのなら、そもそもペナントレースを中止してでも解明に全力を尽くすべきでした。

 ~~~

さて、今日は何年ぶりかに『クレションしんちゃん』の映画新作を観てきました。今年のタイトルは『爆睡! ユメミーワールド大突撃』です。
初期の映画『クレションしんちゃん』はヒーロー物やらアクション映画やらのフォーマットに『しんちゃん』らしいふざげて下品なネタを上手く絡め、笑えるところとシリアスなストーリーのゲストキャラの味、それに迫力あるアクションシーンを併せ持った傑作揃いでした。それに、クソガキなばかりか、「ほうほう」と言っているだけで何もしないしんのすけが「結果的に活躍するようにさせる」ところに話の妙味がありました。
ただ、『アッパレ戦国大合戦』と『モ~レツ! オトナ帝国の逆襲』辺りの成功の影響でしょうか、「しんのすけが走る=感動」を強調するようになり、徐々に興味が薄れていきました。それがおよそ「しんのすけらしくない」だけになおさら、鼻につきます。
『アッパレ戦国大合戦』と『オトナ帝国の逆襲』の2作は面白かったからいいのですが(TVの「アニメ名場面集」などで繰り返し放送されるのにうんざりしましたけれど)、話で見劣りするとどうも……

ただ、最近はまた傾向が変わっているとの評もあり、観てみました。
良かったんじゃないでしょうか。
感動要素は割合に強いものの、シリアスと感動の主役はサキというゲストヒロイン(しんのすけのクラスに転入してきた幼稚園児ですけど)に負わせ、しんのすけに関しては彼女が何者であれ手を差し伸べるところも、活躍するところもあくまで彼のとぼけた味を維持しているのが、いい塩梅だったように思います。親の想いに関する締めは母のみさえが持って行って、ラストは(特にボケたオチなどはなく)非常に王道の綺麗なものになっていますが、それほど違和感はありませんでした。
もちろんギャグもキレていますし、実在のタレント等が本人役で登場するのもとにかく明るい安村・大和田獏・城咲仁の3人という豪華さですけれど、まあ使いどころには納得ですかね。

 ~~~

さて、字数から言って何が本題なのかよく分からなくなってきましたが、『絡新婦の理』コミカライズの第2巻が発売です。



 (前巻の記事

さて、連載時に1話のページ数を数えていれば予測できたはずのことですが、今回は全6話――第5~10話を収録しています。

 (連載時の記事: 第5話 第6話 第7話 第8話 第9話 第10話

なお、残念ながら第6話のカラー扉はそもそも収録されていません。
コミカライズとしての特色――キャラクターデザイン、内容の組み替え、演出等――については連載時に書いてきましたが、改めて内容を整理すると以下の通りです。

第5~6話:原作第3章 釣り堀屋の伊佐間は釣りの旅で千葉を訪れ、美由紀の祖父・呉仁吉(くれ にきち)と出会う。そこで地元の名士・織作家に関する話を聞き、さらに使用人の出門耕作の紹介で、コレクション鑑定のため骨董屋の今川と共に織作家を訪れるのだが、そこで新たな事件に遭遇。
第7話:原作第5章。原作第1章(コミカライズ1巻第3話)の続きで、刑事・木場は「目潰し魔」の第4の殺人――呉服屋の内儀が連込宿で殺された事件の真相を解明。と同時に織作家に繋がる背後関係を知る。
第8~9話:原作第4章。刑事を辞めて探偵・榎木津への弟子入りを志願する青年・益田は、失踪した夫を捜して欲しいという女性と、そして柴田財閥の使いとして(1巻で描かれた)聖ベルナール女学院の解決を依頼したい増岡弁護士という二人の依頼人と出会い、増岡と共に京極堂を訪れる。
第10話:原作第6章前半。第6話の続きで、事件により織作邸に拘留されて取り調べを受けている伊佐間たち。そこに(伊佐間たちとも旧知の仲である)木場が訪れる。

そんなわけで、学園編が中心だった1巻からは一転して、男たちがメイン(といっても後述のように、事件の主役はまた別なのですが)。マイペースな伊佐間とユーモラスな容貌の今川が癒しめいたものを与えてくれますが。
一つ一つの事件についてはすでに「解決編」が始まっているのですが、しかしそれが次の事件を呼び、次第に全てが大きな蜘蛛の巣の上にあるがごとく、何者かの描いた仕掛けの内にあり、誰もが絡め取られていることが見えてきます。

本作においては、「蜘蛛」のモチーフ

1. 具体名――学院で呪いと売春を行うグループが「蜘蛛の僕」を名乗り、目潰し魔の第4の被害者・前島八千代を呼び出した人物が「蜘蛛の使い」を名乗っており、そして織作家の館は「蜘蛛の巣館」と呼ばれるetc.
2. 事件構造の比喩――事件が事件を呼ぶ大仕掛けを描き、その中心にいる真犯人が、精緻な秩序ある巣を張る「蜘蛛」に喩えられる

という少なくとも二重の意味で繰り返し登場してきます。
この点に関しては、このコミカライズ2巻でかなりはっきりと見えてきたことと思います。

他方で、複数の事件にはそれぞれ売春等の問題が関わっており、織作家は女系の一族であり、そして織作の三女・葵と益田の依頼人である杉浦女史は女権運動家(フェミニスト)である……と、女性の問題も様々な形で現れます。
女性の理屈と男性の理屈はどう違い、両者の緊張関係がいかにして社会を織り成しているのか、そして売春はいかにして売春として成立するのか――etc.

この「蜘蛛」と「女性」というモチーフの綜合を象徴するのが、妖怪「絡新婦(じょろうぐも)=女郎蜘蛛」です。

まあそれについては、京極堂の蘊蓄を待つことになります。


そう言えば、単行本でまとめて読んで改めて気付いた比較的どうでもいいこととして、実は織作家の先代・伊兵衛(いへえ)のイメージ映像が2回登場しているのですが、

絡新婦の理2巻1
 (京極夏彦/志水アキ『絡新婦の理 2』、講談社、2016、p. 9)

絡新婦の理2巻2
 (同書、p. 132)

和装と洋装の違いにヒゲの違いがありますが、結構イメージが変わっていたりして。


それはともかく、これで内容的には原作の半分くらいを消化しているわけですが、そもそも売れ行き次第では早期終了の可能性もあったために前半はやや詰め込み、場合によっては特定の部分をかなり省略することも考えていたフシがある(そのため、1巻ラストの榎木津が今巻で反復される結果にもなったり)ので、ここからはもう少し伸ばして全5巻くらいにはなるかも知れません。
とにかく、これ以上繰り返すまでもないかも知れませんが、原作のイメージをよく伝えて素晴らしいコミカライズです。

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プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
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